* 王子様 (3)

「はなさないで・・・。」

ほんの小さな囁きのような声でも、充分だった。
静かに満たされてる中じゃ、些細な身動ぎすら耳障りなのだから。


もっとずっと、こうしていたい。

私の手の大きさが許す限りに包み込むと、
澄んだ色の瞳、風をかたどったような灰がかった短い髪がゆれる。

「お前から、離れていったんだろうが・・・。」

苛立ちを含んだ、うなだれるような低い声。

今更、離さないでなんて、我侭以外の何になる ―――

鈍く冷たい眼が、そんなことを投げかけてる。
そんなふうに言われなくたって、わかってる。
自分から離れることを、あの時選んだことぐらい。

それでも、そうだとしても。
離れたら、一人になるから。
君がどこにもいない孤独は、巧く呼吸が出来なくなるみたいに苦しかったから。


大きなため息をついて、向き直ったその目は冷静な目をしてた。

"酔ってるのか?" "寝ぼけてるのか?"

覚えたことを確かめる子供みたい。
記憶にはない言葉が、腫れ物に触れるように優しく尋ねてくる。

"そうだよ" って答えるのは面倒だったから、そのまま唇を寄せたのは、
冷静な君の瞳を曇らせてしまいたいからだなんて、なんてこと思いつくんだろう。



君と私の生きる時間は違うのに、君の隣で笑う女の人がいたのに。
私の考えに反して、ココロとカラダが君を求めてる。
強引に触れた感覚さえ心地いいなんて、本当にどうかしてる。



こんな想いを伝えてしまいたいのに、どう伝えていいのかわからない。

ただただ、何もかもがもどかしくて、
全部、この触れ合っているとこから流れ込めばいいのに。

怖いも、戸惑いも、欲しいも、愛しいも、
全部君の中で溶けてしまえばいいのに。


君がそばにいたら、伝えられないもどかしさで胸が苦しくなる。
息が苦しくなるほど、離れるのも苦しくなった。
触れた面はもう、どちらのものなのか分からないくらい。

それでも、どちらからでもなく触れては離れて、離れては触れて。
何度となく繰り返しても、離れる一瞬が永いものだと思えた。

それはきっと、私の時間の感覚が他人と違うからだ、って思ったけれど
でも、その考えは間違いだったかもしれない。

その一瞬さえ惜しいと、君の目が訴えてたから。

切なさに揺れる君の瞳も、その中の私も、同じ目をしてたから
だから君に伝えそうになった、だいじなこと。




絶えてしまいそうな呼吸の合間で紡いぎそうになった声は、
月明かりが縁取る影に染みていくように、静けさに溶けていくと、


そういえば、酔っていたんだなんて、今更なことを思い出した。
ぷつり、と操り人形の糸が切れるよう、私の意識が消えていく。




そこからのことは、覚えていない。
でも、君が何か言っていた気がする。

目が覚めても、そこにまだ君がいたなら、
もう一度、その言葉を聞かせてくれたらいいのに。



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